蔵出し

久しぶりの投稿なので少し個人的なお話をしたいと思います。

僕は写真を撮ることが好きでいつもカメラを持ち歩いています。ただ、テレビ業界に”お蔵入り”という言葉があるように、僕が撮った写真のほとんどは誰かに見せるわけでもなく、世に発表することもなく、プリントするでもなく、下手をしたら自分で見返すこともありません。言ってしまえば撮る以前から”お蔵入り”が決まっていた写真ばかりです。パソコン容量を圧迫するだけでの”データ”です。

それならば、なぜ写真を撮るのだろうと考え続けてきたのですが、おそらく僕は写真を撮るという行為を通してその瞬間に自分がいる世界と会話をしているんですね。文字通りブツブツ言いながら。こう書くとどこかかっこよく聞こえますが、単純にひとりで行動することが多いので話し相手がいないだけです。だから感性が環境と雑な会話をしている時はやっぱり雑な写真しか撮れない。だいたいがこのパターンです。でも、そんな中で稀に「いい写真が撮れた。」と感じることがあります。もちろんプロのようにはいきませんが、そのうまく撮れた写真が建築写真の場合、建築が正しく報われたように感じ、とても嬉しくなります。それは何か特別な喜びです。

せっかくなのでそのお蔵入りしていた写真を何枚か投稿します。

 

この写真は韓国のソウル大学にあるソウル大学校美術館(Seoul National University Museum Of Art)です。オランダの設計事務所OMAが設計した建物です。僕は2019年に訪れました。実は大学キャンパス内でひとり迷子になったために偶然出会うことのできた景色で、夕日が差す林の向こう側に、建築が圧倒的なスケールで顔を覗かせた瞬間は鳥肌が立ちました。周辺環境のトポグラフィーに丁寧に呼応した素晴らしいデザインだとも思いました。

 

イギリスに渡って最初の2年間はスコットランドのグラスゴーで過ごし、グラスゴー美術大学で建築を学びました。ここが建築家としての僕の基礎を作ってくれた場所です。時間があれば学内をぶらぶらしマッキントッシュの建築を身体で吸収しました。(今月のa+uはマッキントッシュ特集です)油絵具と石膏と木材の混ざった香り、木造の床の軋む音、建物中に響くこもった音、柔らかいトップライト、幅が狭く分厚い入り口ドアのものすごく強いバネ(指を挟んだら折れるなといつも思っていました)、踏み面がすり減った裏階段の冷たさ、最上階から眺めるグラスゴーの街並み、図書館の椅子の脚が不安になるくらいグラグラなこと、逆に地下のレクチャーホールの座席が固くてとにかく座りにくいこと(学生が眠らないようにらしい)、和かな警備員さんの強烈なグラスゴーアクセント、この学校で建築を学んでいるんだという誇らしい気分。その全てが僕の骨肉となっています。写真は学生と関係者しか入れない裏階段です。悲しいことにこの建物は2度の火災でほぼ全焼し、本当に痛ましい姿になってしまいました。再建にはこれから何十年という時間がかかるのではと思いますが、100年、200年先の学生のため、そしてグラスゴーの街のために、是非あの日の姿を取り戻してもらえればと思います。

 

30 St Mary Axe, 通称”Gerkin”はノーマンフォスターの事務所が設計した高層オフィスビルです。2004年に竣工しました。この恐竜(怪獣?)の卵のような高層ビルがロンドンの中心に立ち上がった時は本当に大きな衝撃を受けたことを覚えています。写真は2011年の1月に撮影したものです。その日は朝からテムズ川の対岸のテートモダンで仕事があったため、少し早起きをして街を散歩していました。日本の曇りよりも一段階暗く低い曇り空はイギリス特有の景色です。ロンドンオリンピックを堺に街の景観が大きく変わったので、今はもう見れない姿かもしれません。

 

建築ではありませんが、僕が住んでいた家の窓からの景色です。バスはロンドン市民にとって欠かすことのできない移動手段で24時間走り続けています。たまたま家の前がバスのルートになっていましたが、そのバスのエンジン音と窓ガラスに伝わる振動を10年以上経った今でもはっきりと覚えています。

 

これもロンドンの写真です。Royal Ballet Schoolと Royal Opera Houseを結ぶ橋です。コベントガーデンにあります。設計はWilkinson Eyreです。写真では分かりにくいですが、上下方向にも水平方向にも橋はズレています。先日亡くなったエリザベス女王がこの橋を渡っている有名な写真がありますね。イギリスの設計事務所は古典的な街並みの中に新しいデザインを挿入することに長けていますが、それは古い街並みが長く丁寧に保たれてきたからこそ受け継がれてきた技術と感性のように感じます。

 

特別な写真ではありませんが、日本への帰国が決まり友人に別れを告げに行く途中に撮ったことで記憶に残っています。イギリスの緯度は高い(ロンドンでも日本の最北端よりもさらに北です)ので冬はあっという間に陽が沈んでしまいます。太陽の角度や光の色や質感だけで様々なことを思い出します。とにかく寒い日でした。

 

2013年の夏の終わりに友人たちと香川の建築を巡りました。これは大雨の中たどり着いた香川県立体育館です。車の中から撮りました。丹下健三の設計ですが、東京の代々木体育館(国立代々木競技場 第一体育館)と兄弟関係にある建物です。長く解体問題が取り上げられていますが、解体してしまったらそれで終わりということを日本はいつ学ぶのでしょうか。建物もですがトレーニングルームで屈強な男たちが物凄い筋トレをしていたのが印象的でした。筋肉は嘘をつきません。

 

解体直前のホテルオークラを友人たちと見に行きました。僕たちのように見学に来ている建築好きが大勢いました。この写真はiPhoneで撮ったものですが、ステージセットのような雰囲気で好きな一枚です。せっかくなので皆でバーに行きお酒をいただき(当時、僕はまだお酒を飲んでいました)ジリジリする太陽受けながらほろ酔いでホテルの脇の急坂を下って帰りました。既に一部の工事が始まっていた気がしますが、記憶違いかもしれません。2015年の夏でした。

 

坂倉準三の神奈川県立近代美術館、実際には石に差し込んであるのだろうと思いますが、木造伝統建築のような柱の足元のディテールが好きです。モダニズムの中にもここには日本人特有の遊び心があるように思います。改修されてからまだ訪れていないので、早く行きたいと思っています。

 

2017年の初夏に新潟の糸魚川に谷村美術館を見に行きました。村野藤吾の最晩年の設計の建物です。建築家の方はもちろんご存知だと思いますが、そうでない方はgoogle検索してみてください。晩年巨匠特有の内蔵系デザインでありながら、見方によっては学芸会の出し物の様な空間に見えないこともない。「はて、この建築をどう受け止めればいいのだろう…」と、頭をクラクラ悩ませながら、「ま、とりあえず日本海を見に行こ。」と、海に出て撮った一枚。こんな日は海と空の境界線も見えないんだと驚きました。東京人からすると日本海は”ザッパーン”というイメージ(ベタですみません)なのですが、この日は至って穏やかな波でした。谷村美術館については正直いまだに消化不良です。そんなに簡単に理解できる建築だとも思いません。僕が村野藤吾を好きな理由です。

 

桂離宮には何度か訪れていますが、行くたびに前衛的な建物群だなあと感じます。常に攻めというか。この写真は40歳になった記念に買ったFujifilmのX-Pro2を携えて京都を旅した際に撮影したものです。2018年の2月でした。まだ使い方がよくわからず、実は手前の木の枝にピントが合ってしまいましたが、これくらい解像度を落としてしまうとあまりわかりません。松琴亭は桂離宮の建物の中でも特に好きな建築です。屋根とその下の居住部(居住はしないのかもしれませんが)の関係が非常に面白く設計で学ぶことが多く詰まっています。ちなみにX-Pro2は発売から6年半が経ったカメラですが、今でも僕の愛機です。ファインダーを覗いてシャッターを切るのがとにかく気持ちいいんですね。僕は動くものを撮影することがほとんど無いのでスペックも十分です。壊れるまで大切に使い続けます。

写真はまだまだ山のようにありますが、今回はこれくらいにしておきますね。