海も山も眺めるもの。

  Posted on Nov 10, 2022 in 写真, 建築考察, 日々について

改めて建築体験とは個々それぞれのものだと感じながら文章をしたためました。

今日は5枚の写真を選んでいます。

 

国内の旅行をしてきて「ああ、ここに住んでみたい。」と思った街がこれまで2ヶ所ありました。1ヶ所目が松本、次が弘前です。写真は2016年の2月に訪れた松本です。僕の場合(おそらく多くの建築家と同じように)、どこへ行くにしろ旅の第一目的はその土地の建築を見ることです。その日は始発の北陸新幹線で長野市へ向かい、まずは善光寺と谷口吉生の長野県立美術館・東山魁夷館を見学し、昼過ぎに松本へと移動しました。そして篠原一男の浮世絵博物館、伊東豊雄の松本市民芸術館、松本城(かっこよさが尋常じゃないですね)を見てまわり、明らかに詰め込みすぎの一日を終え、そろそろ日が暮れるので東京に戻ろうとふと視線を上げると、街の背景に見える冬の山並みが驚くほど美しかった。大学ラグビー部時代、山中湖で3週間の夏合宿を終えると、唐突に湖の先に富士山が聳えていることに気づく。あんな感じです。(と、書いても伝わりにくいですよね。)

僕は「海も山も眺めるもの。」と決めています。いつの頃からかは覚えていないのですが、人生のかなり早い段階だったと思います。最後に登った山は小学校の遠足で行った高尾山・陣馬山です。もし香川の金比羅宮への階段を山認定してもらえるのであれば象頭山ですが、どうでしょうか。2013年の夏の終わりに金毘羅宮と鈴木了二の緑黛殿(りょくたいでん)を見に行きました。絵に描いたような土砂降りの日でした。

 

弘前も真冬に訪れました。2017年の正月です。突然思い立ち弘前-青森-十和田-八戸と建築を巡りました。写真は1964年に竣工した弘前市民会館。前川國男の設計です。1961年オープンの東京文化会館と同じ時期の建築であり、兄弟のようなデザインディテールがあちらこちらに見受けられます。

建物の見学には事前連絡が必要とのことで、弘前に到着しチェックイン前のホテルに荷物を預けたあと、まずは下見を兼ねて翌日の見学予約を取りに行きました。すると受付の奥から担当の方が出て来られて「雪の中また来てもらうのは大変だから、これからご紹介しますね。」と、僕のためだけにツアーを開いてくれました。図らずも大きなご迷惑をかけてしまったのではと戸惑うのもつかの間、数々の質問を浴びせかけ1時間の贅沢ツアーを満喫させていただきました。

ひとり旅をすると人の優しさに触れる機会が本当に多い気がします。思い起こせばその昔、チューリッヒで出会った地元の方にその場の勢いでチーズフォンデュをご馳走になったこともありましたし(今はもうチーズを食べられなくなってしまったのですが)、ラトゥーレット修道院を見に行った時など、最寄り駅からの道順がわからず途方に暮れていると(スマホなど無い時代です)、電車待ちをしていたお母さんが声をかけくれ、結局片道30分の道のりを一緒に歩いて建物まで送り届けてくれました。しかもずっと上り坂でした。ともに建築体験と切り離せない僕の大切な思い出です。また別の機会に文章にしたいと思います。

それにしても、雪国の人は雪が積もっていても平気で横断歩道を走って渡るんですね。靴底に特殊な加工でもしてあるんでしょうか。

 

弘前は前川國男建築の宝庫です。コルビュジエの事務所から戻って建てたデビュー作(木村産業研究所・現こぎん研究所 / 1932年)から最晩年の作品である写真の弘前市斎場(1983年)まで8つの建物があります。僕はこの旅で雪の中を延々歩き、その全てを見てまわりました。観光スポットと言うと言葉が軽すぎますが、この斎場も前川建築ということで一日の終わりに短く見学時間が設けられています。(ちなみに弘前には美しい近代建築も山ほどあるので、建築好きには本当にたまらない街です。)

実は葬祭場で名建築と呼ばれる建物は世界中にあります。ただ、こういう場所の見学は気持ちのやり場がとても難しい。そもそも部外者が土足で踏み込むことなど許されない場です。だから空間的にどれだけ素晴らしい建物であったとしても、それはもう一刻も早く逃げ出したくなるような居心地の悪さです。弔い、死、悲しみとの距離があまりに近すぎる。

81歳で亡くなられた前川さんですが、この建物は78歳の時の設計だそうです。死というものを身近な現実として感じながら設計をされていたのかもしれないと想像してしまいます。今も火葬場独特の空気と匂いと湿度が忘れられません。

 

訪れた瞬間に逃げ出したくなるような空間は、もうひとつ経験したことがあります。ミュンヘン近郊にあるダッハウ強制収容所のガス室です。2007年の冬でした。このガス室は実際に使用されたことは無かったそうですが、それでも明確な殺意、しかも最大限効率的に人間を殺すことを念頭に作られた空間の衝撃は未だに薄れることなく、その恐怖を的確な言葉に置き換えることもできません。とにかく天井が低かった。正直、もう写真を見るのも嫌です。ナチス・ドイツの強制収容所というとアウシュヴィッツが有名ですが、実際には何十もの収容所がヨーロッパ各地に存在していました。ダッハウ強制収容所も今は記念館として見学をすることができます。

 

2003年の夏、大学が夏休みの間、1週間ほどかけてスコットランドをめぐる旅にでました。その際、フェリーに乗って本島のさらに北にあるオークニー諸島のStromnessという小さな港町も訪れました。政治的なゴタゴタはありませんが、オークニーは日本で言う北方領土と同じような位置関係にある島です。また、ストーンヘンジほどは有名でないにしろ、古代の直立巨石の遺跡がある島でもあります。

航行時間は確か1時間ほど、フェリーを降りて少しばかり町を散策すれば、島中に牛の糞の匂いが漂っていることに気づきます。牧草地と農耕地の広がるのどかな島です。ところがです。海沿いでは、まるでおとぎ話に出てきそうな可愛らしい建物たちがギュウギュウ詰めに立っているんですね。そしてお互いあまりに至近距離に位置しているので、人や車が通りやすいよう、1階部分の角(建築用語では出隅といいます)が皆削り落とされています。昔は牛車も行き交っていたでしょう。とても柔らかくしなやかな建築造形が、小さな町並みを特徴づけていました。

それでは、土地なら十分あるはずなのに、なぜこれほどまでに密集させて建物を建てたのでしょうか。もしかすると海風や雨、厳しい冬の天候などと関係しているのかもしれません。日本の長屋と同じように、税金対策などの実務的な歴史的経緯があったのかもしれません。もしくはその両方かも。想像をめぐらせるだけでも楽しいものです。

今日はここまでにします。

 

最後に。今回触れた建物の写真を少し載せておきます。

善光寺本堂 / 1707年 再建・長野県 長野市 / 国宝
長野県立美術館・東山魁夷館 / 谷口吉生 / 1990年・長野県 長野市
浮世絵博物館 / 篠原一男 / 1982年・長野県 松本市
まつもと市民芸術館 / 伊東豊雄 / 2004年・長野県 松本市
松本城 / 石川数正・康長 / 1594年・長野県 松本市 / 国宝
金比羅宮御本宮 / 創建不明 1876年改築・香川県 琴平町
緑黛殿 / 鈴木了二 / 2004年・香川県 琴平町
東京文化会館 / 前川國男 / 1961年・東京都 台東区
ラ・トゥーレット修道院 / ル・コルビュジエ / 1960年・フランス リオン郊外
木村産業研究所・現弘前こぎん研究所 / 前川國男 / 1932年・青森県 弘前市 / 重要文化財
Stones of Stenness / 紀元前3000年頃・イギリス スコットランド オークニー諸島 / ユネスコ世界遺産

(敬称略)