光と影
建築設計とは光と影を操ることでもあります。
光があるから影に深みが生まれ、影があるから光がより輝きます。
街を歩くと光と影の美しい瞬間を多く見かけますが、その場面を分解し、立体造形だけでなく素材や色、汚れ、時間、季節などを含めた総合的な環境として理解することは建築家にとってとても大切な作業です。
村野藤吾も彫りの深い西欧の古典建築の勉強をする中で陰影の持つ醍醐味を学んだそうです。(村野さんは日生劇場や目黒区総合庁舎、谷村美術館などを設計した巨匠です。前川國男と並んで僕の一番好きな日本の建築家です。)
今は「明るい部屋が良い」ということが神話のようにひとつの固定された価値観となってしまいましたが、数値的な照度としての明るさは無くとも、質感と奥行きを持った豊かな空間は多く存在します。
古民家や伝統建築などを思い出していただくと良いかもしれません。
陰影の中に日本文化を見た谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」はイギリスでも建築の参考図書として広く読まれていました。
もちろん光にも質感があります。
刻々と変化するその表情はとても美しいものです。
慌ただしい生活のふとした瞬間に、その美しさを感じることができるような設計を僕自身は心がけています。(MS邸 2015年)
京都にある河井寛次郎記念館は河井寛次郎自身が設計した住居兼陶芸工房です。
一見、古民家や町家の延長線上にある建築のように見えますが、実際には間取り、空間構成、建物の作り方やおさめ方、全てにおいて見事な独自性に溢れています。
日々、目の前の造形と向き合い続けた河井寛次郎にしかできない建築であり、訪れるたびに本当に感激します。(と同時に、こんなことされては敵わないなあとも思います。)
建築だけでなく、内装の飾り付け、陶芸作品、彫刻作品を含めて、あらゆるディテールに自然と感情移入してしまいます。
これほどまでに幸せな空間があるのだろうかと思ってしまうほど素晴らしい建築です。
そして、この圧倒的な造形美も、やはり光と影の質感を伴って私たちに迫ってくるのです。