プライバシーの距離感

  Posted on Oct 9, 2018 in RH邸, 建築考察, TO邸
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清家清自邸「私の家」1954年(昭和住宅史より)

前回の投稿では、間取りを考える際に「空間を捉える」感覚を大切にしていること、空間のアイディアに対し機能を呼び込む設計を心がけていること、そして「空間を捉える力」と「建築の歴史を知る」ことには密接な関係があると考えていることについてお話をしました。また、その具体例として階段まわりの設計についての考察をしました。

今回は住宅におけるトイレのプランニングについて短く書きたいと思います。

人は生きている限りトイレの利用を避けられませんが、日々の生活の中で、トイレへの出入りを見たり見られたりするというのは、たとえ家族であっても、どこか気まずく感じられるものです。

例えば、

・リビング・ダイニングなどの主要な空間にトイレが直接面している

・居室から廊下越しにトイレが見えてしまう

・玄関から直接入る形のトイレとなっている

などの間取りを見かけることがあります。しかしながら、トイレの配置は視線だけでなく音や臭いも含めて非常にデリケートな問題です。特別な事情がある場合を除いて、見る方も、見られる方も、お互いにもう少しだけ距離感を保ちたいのではないでしょうか。

戦後まもなく、建築家の清家清が「家族間に秘密は必要ない」として、住宅内に扉がひとつも無い実験的な自邸「私の家」(1954年)を建てました。お互いの気配の中にプライバシーを尊重するのが日本人の暮らしの作法である、という清家氏の考え方をそのまま表現した、伸びやで自由度の高い間取りを持った住宅です。

ただ、その設計思想が明確であるがゆえに、トイレにまで扉がないというのは、かなり極端な提案であったということは間違いありません。

(ちなみに「私の家」は現在、国の登録有形文化財に指定されています。また、清家さんは第18代慶應義塾長の清家篤氏のお父さんです。)

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「私の家」間取り(別冊新建築 清家清より)

 

建築設計では常に「当たり前」を再検討し、惰性の延長線上で凝り固まった思考無き間取りの型にはまることを絶対に避けなければなりませんが、トイレに関して言えば、常識的な感覚を非常に大切にすべきポイントでもあると僕は考えています。

前回は階段設計において「回り階段を作らない」という自分自身に課しているプランニングのルールについてお話しましたが、トイレの場合は「トイレを主動線や主要な居室から少し間(ま)をもたせて配置する」ことを心がけるようにしています。具体的には以下のような内容が挙げられます。

・主要空間から直接トイレに視線が通らないようにする

・主要空間からトイレに至るまで少しの奥行きを持たせる

・主要動線(一番行き来の多い廊下)から少し離してトイレを配置する

・飛び込み型のトイレ(扉を開けると目の前に便器があるタイプのトイレ)を避ける

いずれも視線や音の対策として有効であり、小さな間取りの工夫ですが、これによって家族間での最低限のプライバシーを保つことができるように感じます。また、同じ考え方は洗面室などの裏方スペースを配置する際にも応用可能です。

臭いに関しては、建物全体の換気量に対し、トイレ室内が適正に負圧となる換気設備を的確に選択することがとても重要です。これはトイレ内の空気を室外に押し出さないようにするためです。

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RH邸(2016年)の 2階です。 左手が洗面室、トイレ、キッチンへとつながる裏動線となります。

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RH邸 2階 間取り

ただ、都市部の住宅などは、通常とても厳しい面積条件の中で間取りを構成する必要があり、上記の項目すべてを満たすトイレを作ることが困難である場合も多くあるのが現実です。その際は、例えば、居室からトイレの壁は見えても便器は見えないような間取りとするだけでも、大きく印象が変化します。また、天井高さに段差をつけたり、あえてフラットにしたり、自然光を遮ったり、逆に非常に明るい空間のトイレとしたりと、心理的な境界線の引き方を工夫することもまた有効な手立てです。

一方、お客様の状況やご要望によっては、トイレを裏方にまわすることが必ずしも正解ではない場合があります。昨年竣工したTO邸は、おひとり住まいの70歳の男性のご自宅です。若くして奥様を亡くされたお客様は、ご両親の介護の経験もあり、今後、万が一、自分自身が介護される立場となってしまった場合に対応しやすい間取りであることを強く望まれていました。そこで、家の中全体に視線が抜けるコンパクトで明快な構成としながらも、トイレに関しては、プライバシーと開放性の両方を意識した配置としました。

TO邸では他にも、バリアフリー対応、広く大きい扉開口幅、開き戸ではなく引き戸の採用、手すり追加設置のための下地の準備、回遊できる動線などの設計対策をとりました。また、建て替え前の住宅の間取りの基本構成を踏襲することで、新築でありながらも、お客様の中に記憶の連続性が生まれるような設計を意識しました。

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TO邸(2017年)の玄関からの眺めです。向かって右側奥がトイレになります。

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TO邸 間取り。寝室横のトイレと洗面室との間の壁は必要に応じて取り除けるようにしてあります。

 

もちろんトイレの問題を考える際も、直接的なトイレの配置の解決だけでなく、前回の投稿で述べたように、建物全体の空間を捉えながら、最も適した解答を導き出す設計をしたいと考えています。

次回は、その建物全体の間取りの構成と、トイレの配置との関係について考察してみたいと思います。

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RH邸 2階間取り詳細

 


 参考図書

「日本人とすまい/第6回企画展 間取り・MADORI」図録/リビングデザインセンターOZONE/2001

「清家清」日本現代建築家シリーズ⑤/別冊新建築 新建築社/1982

昭和住宅史/横山正・小能林宏域・磯崎新・林昌二・伊東豊雄・鈴木恂・坂本一成/新建築社/1977