M.S.邸。
二世帯住宅の新築工事です。お施主様は戦前より続く米店の二代目。ご自身の引退にあわせて、老朽化した店舗をお嬢様ご夫婦と共に大人四人で生活するための住宅に建て替えたいとのご依頼でした。敷地は横浜市のとある近隣商業地域、土地面積約87㎡(約26.3坪)の北西に開いた角地です。延床面積約141㎡(約43坪)の三階建て木造準耐火構造の建物を新築しました。
外観は周囲の建物になじまず突出せずのバランスを意識しています。柔らかな窓配置と金属サイディング特有のシャープさを併せ持ったエレベーションです。多様な建物が周辺に建っている環境で、前のめりに主張することなく、それでいて街の景観に貢献できる存在感を表現できたと感じています。特に夜間は建物がカンテラのように優しく街を照らし、角地の印象を大きく変えました。
一見ランダムに配置されているように見える開口部ですが、内部への光の取り込み方と外観意匠との関係のスタディを幾通りも重ねています。そして正面の大壁面に配置した引き違いの窓が、建て替え前の米店の表情をどこか象徴的に引き継いでいるような外観となりました。
お施主様の家族構成では、一日のほとんどの時間を実の家族で過ごされることになります。そこで一般的な二世帯住宅とは異なり、LDKや浴室を含めた多くの空間や設備を共有した提案としました。これは個々のプライベートスペースをしっかりと確保することで初めて成立した計画です。そのため結果的には一世帯住宅としても十分に機能する間取りとなりました。
決して広くはない敷地ですが、個々の生活パターンや部屋を使用する時間帯を細かく分析することで、家族全員がつながりを感じつつも程良い距離感を保つことのできる生活空間を実現しています。またカウンターを取り囲むL字型キッチンの導入や、洗面室とバルコニーを直線で結ぶ洗濯動線など、機能的にも非常に使い勝手のよいプランとなっています。加えて各居室には必ず対角方向の風の通り道を用意し、LED照明などの省エネ製品と組み合わせながらエネルギー効率にも配慮しました。
デザインの一番のこだわりは空間ののびやかさです。
のびやかさとはつまり、空間の広がりや連続性を表現することです。どの角度からも空間が奥へと続く予感を持たせることで、限られた床面積以上の広さを感じることのできる空間にしたいと考えていました。
そして特に力を注いだのが光の扱いです。大きなガラスの仕切りや天窓を有する階段の吹き抜けは、各居室に必要な明るさを確保するだけでなく、美しい光を室内に呼び込みます。その光は空間に変化と奥行きをもたらし、生活を豊かに照らします。北向きの敷地は、東側に5階建てのマンション、そして南側に3階建の住宅が迫っているため非常に採光条件の厳しい土地でした。しかしながら工夫を重ねることで生まれた、迫力と穏やかさの共存する光の空間は、この住宅の大きな見せどころとなりました。
下の写真は建て替え前の建物です。この光を無意識のうちに現代のデザインに置き換えていたのかもしれません。
個人的にはプロジェクトを通して、ある普遍的な解を持つ住宅を提案することはできないかという思いがありました。この住宅は細部までお施主様の要望にお応えする形でデザインを進めましたが、仮に若い夫婦、もしくは8人の大家族が移り住んだとしても、変わらぬ魅力と機能性を持ち合わせていてほしいと考えていました。それは住宅の持つ懐の深さや、空間の余白をデザインすることであり、仕上げ材に左右されない空間そのものが持つ説得力を表現することでした。
まだまだ手探りの状態ですが今後も追い続けていきたいテーマです。
最後になりますが、お施主様には刻々と変わる光と影の表情を楽しんでいただければと思っています。日常のふとした瞬間に、その美しい場面を切り取ってもらえれば幸いです。
( Project: August 2013 ~ January 2015 / Photo: Ken Yagishita + Atsushi Iwata)